井上祐希
世の中のあらゆるものやサービスが氾濫し、情報が錯綜する現代。私たちは消費者から生活者として、めいめいの理想を追求し感性でものを選び取る時代に突入した。井上祐希は、そうした時代における「人」と「もの」との関係性について旗幟を鮮明にしてきた。
創業400年を超える有田の産地に生まれ、白磁の重要無形文化財保持者(人間国宝)故・井上 萬二の系譜を受け継ぐ井上は、「名陶無雑」の精神を作陶の基礎としている。それは、雑念なく土と今に向き合い、作陶を通して自己と対話し、いかに生きるべきかを問い続けるための道標でもある。
井上は、形状こそが造形の究極形であるという井上萬二窯の美意識と、厳しい修練により培われた確かな技術を基盤としながらも、ろくろの上で生まれる指先の即興的なゆらぎを表現へと昇華している。作品は、ろくろ成形による丸みを帯びたふくよかなフォルムと、白磁特有の透徹した美しさを湛える一方、「われもの注意」という国や文化を越えて共有される記号が取り入れられ、機能的な表示はひとつの概念的装置へと転換される。
壊れ得る磁器に、平和や愛、笑顔といった壊してはならない価値を重ね合わせること。それは、慌ただしい日常のなかで見過ごされがちな、かけがえのないものの存在を改めて見つめ直すための逆説的な試みである。そこには、「大切なものを大切にする」という極めて普遍的な願いが込められている。
井上の眼差しは、白磁の素材や道具、制作を支える工程、そして表舞台に現れにくい存在にも等しく注がれている。制作の背後にある機能や文脈をすくい上げ、それらを再解釈し、新たな意味を与えて提示すること。そして、作陶する無数の営みと、ものと人との出会いの喜びを作品とともに送り出すことを目指している。
現代社会では、多くのものが機能性や効率性、市場価値によって評価される。その背後に存在する感情や記憶、道具、制作工程、流通や運搬といった、通常は作品から遠退く存在までもが井上にとっては表現の対象。そこには、ものづくりの背後に存在する関係性をみつめ直す端緒が可視化されている。
価値とは物体に宿るものではなく、人々の記憶や経験、かかわりの中で生成されるものではないか。消費され、置き換えられることが前提となった現代において、「脆さ」を欠点としてではなく、「ものづくりの背後に存在する舞台裏の名誉ある営みの積み重ね 」として提示している。
B-OWND
世の中のあらゆるものやサービスが氾濫し、情報が錯綜する現代。私たちは消費者から生活者として、めいめいの理想を追求し感性でものを選び取る時代に突入した。井上祐希は、そうした時代における「人」と「もの」との関係性について旗幟を鮮明にしてきた。
創業400年を超える有田の産地に生まれ、白磁の重要無形文化財保持者(人間国宝)故・井上 萬二の系譜を受け継ぐ井上は、「名陶無雑」の精神を作陶の基礎としている。それは、雑念なく土と今に向き合い、作陶を通して自己と対話し、いかに生きるべきかを問い続けるための道標でもある。
井上は、形状こそが造形の究極形であるという井上萬二窯の美意識と、厳しい修練により培われた確かな技術を基盤としながらも、ろくろの上で生まれる指先の即興的なゆらぎを表現へと昇華している。作品は、ろくろ成形による丸みを帯びたふくよかなフォルムと、白磁特有の透徹した美しさを湛える一方、「われもの注意」という国や文化を越えて共有される記号が取り入れられ、機能的な表示はひとつの概念的装置へと転換される。
壊れ得る磁器に、平和や愛、笑顔といった壊してはならない価値を重ね合わせること。それは、慌ただしい日常のなかで見過ごされがちな、かけがえのないものの存在を改めて見つめ直すための逆説的な試みである。そこには、「大切なものを大切にする」という極めて普遍的な願いが込められている。
井上の眼差しは、白磁の素材や道具、制作を支える工程、そして表舞台に現れにくい存在にも等しく注がれている。制作の背後にある機能や文脈をすくい上げ、それらを再解釈し、新たな意味を与えて提示すること。そして、作陶する無数の営みと、ものと人との出会いの喜びを作品とともに送り出すことを目指している。
現代社会では、多くのものが機能性や効率性、市場価値によって評価される。その背後に存在する感情や記憶、道具、制作工程、流通や運搬といった、通常は作品から遠退く存在までもが井上にとっては表現の対象。そこには、ものづくりの背後に存在する関係性をみつめ直す端緒が可視化されている。
価値とは物体に宿るものではなく、人々の記憶や経験、かかわりの中で生成されるものではないか。消費され、置き換えられることが前提となった現代において、「脆さ」を欠点としてではなく、「ものづくりの背後に存在する舞台裏の名誉ある営みの積み重ね 」として提示している。
B-OWND
個展
受賞歴
入選、その他
展示会
グループ展